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松久宗琳

  • 松久 宗琳
  • 松久 宗琳
    (1926〜1992)
    四天王寺大仏師
    成田山新勝寺大仏師

【仏像彫刻を愛して】

松久宗琳にとって仏像を彫るという行為は、仕事ではなく、日常の暮らしそのものであり、仏に魅入られた人のように彫っていました。「私ほど仏像彫刻を愛している人間はいない---」そう自負していた宗琳は、仏像の世界を愛しただけではなく、その世界にやって来た人々をも、ともに仏さま造りを愉しむ仲間として大切にし、育てました。それは、プロの仏師として修業する弟子に対しても、一般の愛好者に対しても、わけ隔てなく指導し、仏像彫刻の醍醐味を公のものとしたからです。古来の仏像から学び得た技を、人々に惜しまず伝えることが自らの使命、と感じていたかのようでした。

【明星観音像】

「京仏師」という呼び名に誇りを抱いていた宗琳は、その名の通り、優雅で精妙な仏像を数多く残しましたが、中でも、観音さまを好んで彫りました。松久宗琳佛所のご本尊であり、弟子一同の支柱となっている明星観音像は、昭和48年(1973)に、宗琳が全身全霊を打ち込んで制作した代表作といえます。 仏師修業を始めて2ケ月後に彫った観音像が、当時のお金で5円で売れて以来、観音さまは、仏師としての日々を支えると同時に、宗琳の仏像世界の核となったのです。

【技との対話】

宗琳は、その時々に、自身の純粋な創作意欲にかられて彫った仏像を、すべて手元に置いていました。それは、誰もが、いつでも、自分の作品を見られるように、そして、そこから得るべきところがあれば、いくらでも吸収してくれればよいという意志があったのだと思われます。その想いは、現在も生きており、宗琳の造った仏さまは、仏像彫刻を志す人々と対話し、手本となっているのです。